2007年03月17日

川中島の戦い-第1回

武田信玄VS上杉謙信

発端

武田信玄の信濃攻めによって、領地を失った村上義清、小笠原長時、高梨政頼の武将たちは越後の上杉謙信を頼った。義侠心の厚い越後の謙信は、時をおかず信濃に出陣。天文22年(1552)のことである。謙信に出陣を決意させたのは、義侠心だけではなく、信玄に完全に信濃を統一されれば、越後と国境を接するため、謙信にとっては人事ではなかったのである。これが12年間5度に及ぶ川中島の戦いの幕開けである。


第1回 布施の戦い

天文22年4月、上杉謙信は村上義清を救援するため姨捨山北麓に姿をあらわした。塩田城にこもる村上勢を攻めていた信玄は、このため兵を引かざるをえなかった。謙信としては武田軍の北上をとどめて、村上勢を助けるばかりでなく、自ら信玄の圧迫を避けるためのけん制であった。同年8月、武田軍は1万の兵で塩田城を落とし、川中島方面へ向かうのを知った謙信は、8千の兵をもってこれに対し、八幡で衝突した。しかし、信玄は塩田城から出ず、謙信も深追いせず、9月20日越後春日山城に帰った。第1回めは両軍とも相手をうかがうだけに終わった。

posted by 合戦野郎 at 23:35| 川中島の戦い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする